Random thoughts in Japanese. All optinions are my own.
2024/06/30 (Sun.)
- 最近同世代の研究者と話して何回か違和感を感じたのは、既にやたらと忙しくて傍目から見ても仕事がとてもではないけれども回っていないように見えるにもかかわらず、新しい研究費やコンサルを積極的に引き受けようとしている態度。今手元にある回っていない仕事を終わらせてから新しい仕事に取り組むのが筋では、と思ってしまう。僕の目から見ていても周りに迷惑をかけているのに、それを終わらせずに自分のやりたいことだけを始めようとするのは、仕事に対する誠実さを欠く態度に見える。
- 今日も引き続き水無月を食べている。千本玉壽軒、二條若狭屋、鶴屋吉信など。これだけ食べ比べても味の違いが全然わかって面白い。
2024/06/29 (Sat.)
- 昨日も今日も、普段食べている仙太郎の水無月とは違う和菓子屋の水無月を試している。昨日は竹路庵、今日は五建外郎。作り手が変わると外郎の味ってこんなにも変わるのか。食べ比べて初めてわかる面白さ。
2024/06/28 (Fri.)
- 自分の教育に対する恐れ、基本的には「他人への介入のしたくなさ」に起因するのだろうなと思った。それは世代的なものかもしれない。一世代、二世代前であれば家族関係も含めて今よりもずっと「ウェットな」人間関係だったのに比べて、今の世代は「ドライな」人間関係を好む傾向があるのは異論はないと思う。人間関係一般として、他人の選択や価値に土足で踏み込むことに違和感があるのだ。
- あっという間に6月も終わろうとしている。今月は本や論文の査読、トークや面接の準備と発表本番をトントンとこなしつつ、投稿前の共同研究の原稿をブラッシュアップした一ヶ月だった。空き時間で proper loss と property elicitation の関係に関する理解も少し深められた。悪くはない。この調子で来月も研究を進めよう。
2024/06/27 (Thu.)
- 1ヶ月ぶりの東北大に来てトークをした。喋る練習を全くしていなかった割にはまあ悪くないレベルで喋ったとは思うけど、本当だったらもっと練習した方がいいなと個人的には感じた。まあ結局のところトークなんて一人にでも刺されば成功という側面はあるので、その点では修士の学生さんでも neural ODE 的な力学系に興味を持ってくれた人がいたりしたので、それなりの成功だったかもしれない。
- 懇親会でわずか M1 の学生に「(ML の)理論の意味ってあるんですか」とまさかの質問をされて虚を突かれた。そんな若い歳でそんな質問を、仮に自覚していたとして質問できる勇気があるとは。僕自身理論の意味は相当考えているつもりではあるけれど、全く答えは得られていない。だからお茶を濁したような答えしか返せなかった。しかしこれは僕が向こう10年単位をかけて向き合い続ける問いなのだろう。
2024/06/26 (Wed.)
- 30手前にして現在進行系の三角関係を目の当たりにするとは。第三者の立場だから落ち着いていられるけれど。
- 僕も人工生命や意識の研究を見ると心のなかではオカルトレッテルを貼りそうになるけれども、他人が比較的パブリックな場でオカルト認定をしているのを見ると、ちょっとどうなんだろうと思ってしまう。自分がオカルト認定できるほどその対象を知っているのであればともかく。しかし、人工生命や意識の研究と僕らがやっている研究分野に「オカルト」と「非オカルト」を隔てるだけの差があるのだろうかと考えると、学問としての「意義」や目標が内在的なのか外在的なのか、という点に終始するような気がした。僕らがやっている研究分野はある意味で十分に「成熟」しているので、みんながその「意義」をコンテクストとして共有していて、同じ目標を目指して走っている。そこに疑問を挟む余地は(通常科学の範囲内では)あまりない。一方で向こう側は、「意義」をコミュニティに内在化していて、その暗黙の前提を僕らが咀嚼できていないという点が大きいと思う。その点では、僕のような理論屋も研究の「意義」を説明するのに(コミュニティ内においてでさえも)四苦八苦している手前、向こう側の人たちの心情には共感するのだ。彼らがやっていることが「オカルト」であったとしても、そうでなかったとしても。
2024/06/24 (Mon.)
- 学費値上げ反対の件で本郷で学生と警察が衝突した話、現場を見たわけではないので推測にしかならないけれど、普通に考えて体力的、人数的に差がありすぎる学生運動側と警備側を考えると、暴動がエスカレーションする前に警察を呼ぶのは自然に見える。一方で、「当局が暴力装置を起動した」という記号になってしまうという点も大学側は考慮すべきだったようにも思う。結局当事者間ではそれほど大事ではきっとなかったのだと思うけど、記号化、メディアを通じて広がっていく情報からはそうした個別的な物語は捨象されてしまう。残されたのは無味乾燥な記号的なメッセージだけになってしまう。
- 本の原稿を大幅に書き直した。文章も2割くらい削った。読み直せば確かに不要な箇所は少なくないし、自分と同じような専門家くらいしか気にしないような衒学的詳細は一般大衆にとっては仕方のない記述にも見える。多少はマシになっただろうか。本全体のテーマに照らし合わせて、もう一歩踏み込んで改稿する必要がある。今日は疲れたからまた今度にしよう。
2024/06/23 (Sun.)
- 高校の部活の友人らと大阪で会って、ボードゲームしたりのんびり時間を過ごしていた。中学生の頃の当時のことを思い出すと今でもそんなにお互い中身は変わらないと思うけれど、人生のフェーズは目まぐるしく進んでしまったことに対してただただ驚くほかない。ローンを組もうとしたり、家族のことを考えたりとか。自分は未だに学生気分が抜けずぼんやりとしてしまっている。この先どうなるのだろうか。
2024/06/21 (Fri.)
- いつものようにタツヒトサトイでコーヒーを飲んでいると、日本語があまりわからないと思われる海外のお客さんがいらっしゃっていて、またいつもの通り店員さん側も日本語がわからなくて苦労するのかなと気になって眺めていたら、店員さんの方が日本語で無理やり通していて、どうしても通じない箇所だけ英単語で強引に意思疎通していた。いや、それで本当に良いんだと思う。英語しか喋れないお客さんに出会うと一言も喋らなくなってしまう人をたまに見かけるが、別にカタコトの英単語しか喋れなくても全く恥ずかしい思いをする必要はない。だってここでは公用語は英語ではないから。
- 4月くらいから空き時間にぼんやりと読んでいた大作 Frongillo & Kash (2021) の主要なパートを読み終えた。Scoring rule とメカニズムデザインを凸解析でつなぐという野心的な著作で、おかげでメカニズムデザインの概念を僕がもっと慣れ親しんでいる scoring rule の言葉に翻訳し直して理解を進めることができた。また、途中に出てくる Savage’s representation の一般化に関するいくつかの補題が殊の他に自分の研究に関係していて、NeurIPS 前に理解できなくて諦めてしまった (2024/05/09) 損失関数の構造を記述するのに使えそうだということが確認できた。これでようやく研究を前に進めることができそうな予感がしてきた。
2024/06/20 (Thu.)
- 日によって英語が喋れる日と喋れない日の差があることを明確に感じる。ぼんやりしていたり、純粋に疲れている日は喋れない。今日は喋れない日。ようするに安定した英語力が身についていないということなので、コンディションが悪い日でももう少し水準の高い英語を安定して操れるようになりたいとも思わなくもないけれども、でもそこに割くリソースがあったら他にやりたいことはいくらでもあるよなと思ってしまう。
2024/06/19 (Wed.)
- 2年前に出版した類似度学習と分類問題の関係性に関する論文 (2022/01/18) を部分的に拡張している論文を見かけた。自分はずっとこの課題意識はかなりニッチで、誰も興味を持たないだろうと思っていただけに、自分が思っていた方向性に比較的近い方向性で研究を進めている人たちがいて少し驚いた。モチベーションを共有できること自体が嬉しいし、そして自分たちの(それほど目立つわけでもなさそうな)仕事を認知して割に丁寧に読んでくれた印象があるので嬉しい。
- 本の原稿 (2024/06/05) に対するフィードバックが出版社の方から返ってきたけれども、想定していたよりも辛口で少し堪えた。僕自身そこまで喋ったり物書きするときの論理がクリアなタイプではないことは自覚はしているものの、前提知識の違い、自分の執筆経験不足、想定聴衆とのギャップが相まって、「わかりづらい」の烙印を押されてしまった。
- ポジティブに捉えるとしたら、そもそも箸にも棒にもかかっていなかったとしたらフィードバックすら返ってこないだろうから自分の原稿が少なくとも無価値ではないということ、そして建設的批判を加えてくれる人がいることそれ自体が仕事の質を向上させるには不可欠であるということ。気持ちは重いが、自分がやると決めたのだからやるしかない。
2024/06/18 (Tue.)
- 久しぶりのプレゼンを乗り切った。昨晩から慌てて準備を始めたが、オンラインのプレゼンだったのでスクリプトを書き上げて1回読んで練習したらそれほどつつがなく発表できたようには思う。
- 海外の学生さんと面談した。本来は数学的にすごく入り組んでいるはずの研究内容にもかかわらず、技術的な要点を的確に押さえた熟れたプレゼンだった。修士課程でここまでできるのはすごい。しかも、研究だけでなくて自分の研究のアプローチに対する批判的なメタ視点も持ち合わせていて、つい理論研究の意味について議論してしまった。こんな学生さんが自分の研究に興味を持ってくれているのは願ったり適ったりだ。可能な限り誠意を持って対応したい。
2024/06/17 (Mon.)
- いよいよ梅雨らしくなってきて湿度に耐えられなくなってきた。あと1ヶ月くらい耐え忍ぶしかない。
- 最近はプレゼンをする機会をできるだけ抑えてきていたのだが、いろいろと重なって今月の残りでプレゼンを3回する機会が入った。スライドを作っては作って、一応3回分のスライドはできた。けれども発表練習がまだできていないので一抹の不安が残る。発表練習をしないと聞くに耐えない発表になりがちなのは過去の経験で学んでいる。明日のプレゼンくらいせめて今晩少し練習すべきか。
2024/06/16 (Sun.)
- ピザを焼く技術が向上している。数ヶ月前に何の気無しにはじめてピザを焼いてみてから (2024/03/31) 自家製ピザ生地の美味しさに気づいて、定期的に焼いている。今日で5、6回目。ぬるま湯 100ml に対して小麦粉・強力粉を各 80g ずつくらいにするのが、どうやら程よいサクサク感を演出するのに良い配分のようだ。今日は用事があって発酵中の生地を冷蔵庫に3時間くらい放置してから焼いたのだが、それも効いているのかもしれない。
2024/06/15 (Sat.)
- 京都シネマに久々に行って (2022/05/08)『関心領域』を観てきた。音響だけでこれだけホラーを演出するのは迫力がある。あまり人には薦めづらいが、人生一度くらい観ておいた方が良いような映画。
2024/06/14 (Fri.)
- 講演準備が間に合わなくて即興で講演しようとしたけど、全く支離滅裂で聴衆の質疑にもまともに答えられれず時間だけ浪費する、嫌な夢を見た。未明4時、気分が悪い。職業柄、そして学生時代に音楽をやっていた性質上、こういう夢を見がちである (2024/03/02)。
- 学生さんがドイツのインターンで味をしめた(?)らしく、今年後半に延長戦をやろうと計画しているらしい。ぜひとも応援したいという気持ちの裏側で、「日本ではそういう環境を提供できなかったのか」という気持ち、「自分だってそうやって自由気ままに色々な研究所を行脚したい」という気持ちが湧く (2023/09/20)。自分はもうそういうことがし辛いキャリアのフェーズに差し掛かっているような気もする(自分自身が本当にやりたければ全然できるだろうけれど)。そして PI に向かって進むということは、多かれ少なかれ孤独な道へ進むことになる。急に寂しくなってきた。
- そんなことを言っても大人なのだから仕事をして気を紛らわすしかないのだろう。今日も査読した。今週は火曜日から毎日1本ずつ査読。良い進捗。
2024/06/13 (Thu.)
- Joe Lovano が東京に来ているのか。ここ最近の外タレで最も観たいかもしれない。9年ぶりの来日とのことだったが、それって自分が2015年に見に行ったときのライブのことだよなと思うと、もう9年も経ってしまったのかという驚きが止まらない。
- 今年も M1 の学生さんがインターンと大学生活で板挟みになっているのを聞く季節になってきた (2023/05/23)。どうするべきなんだろう。自分の学生時代の経験はもはや古くて何の役にも立たない。「そんな1週間や1ヶ月のインターンで何がわかるのか」と思ったりもするけれども、それを教員の立場で思ってしまうのはやはり大学の環境にバイアスされすぎていると思うので律しなければならない。インターンに行きたければ行けば良い。就活に専念すべきだと思ったらするのが良い。それを決めるのは学生本人なのだ。教員は徹頭徹尾相談相手でしかない。
- 思うに、みんな自分の人生を「良く」生きようとしすぎているような気はする。僕自身、最低限生きていくだけのお金があれば好きなことをしていたいし、他の人が就活していようとインターンしていようと、自分がやりたくないのであればやりたくない。どうしても生活できなくなったらそのときに考えるし。ただこの考え方自体が生存バイアスに強く影響された考え方であることは間違いないから、やはり表立っては言いづらい。
2024/06/12 (Wed.)
- NeurIPS 査読の季節に突入した。早速サクッと1本読み終えたので幸先が良い。査読は早めに終わらせるに限る。
2024/06/11 (Tue.)
- 突然の(アカデミックキャリア上の)モテ期が来ている。先週はドイツの方の学生さんからインターンの申し入れがあり、京大学内の複数アドバイザー制の担当の申し入れがあり、今日もアメリカの方の学生さんから自分の論文を読んだメールが来たり。どこまで対応しきるかは難しい。コミュニティの裾野が広がるのは悪いことではない。自分のキャパシティがある限り、そして彼ら彼女らが真摯にコンタクトしてくる限りは、できるだけ対応したいとは思う。
- 自分の身の回りの環境の変化、新しい機会の増加につれて、以前は人を巻き込むことに対してほとんど興味が持てなかった (2024/02/13) のが、段々と他の人を巻き込む、より具体的には例えば学生さんを呼び込んだりとかしたい気持ちが少しずつ自分の中で芽生えている。なぜなのかと言われると難しい。たぶん内発的な理由ではない。どちらかと言えば、アカデミアの構造上同僚が多くない以上、若い世代を呼び込んで賑やかにやりたいという外発的な動機であるような気はする。自分の書いたものをそれなりに見てくれた学生さんが増えているのも理由の一つな気がする。人間の動機、欲望なんて、外発的な要因一つでいかようにでも変わってしまう。なんとも他律的なものだ。
- そりゃ単純に嬉しい。自分が書いたものが見ず知らずの海外の人に届いて、それがきっかけで何かが始まるということ自体が、自分は一人ではないという嬉しさがある。本質は承認欲求だろうと思う。それでも嬉しいものは嬉しいのだ。NeurIPS で、論文を読んだだけの人たちとはじめて会って、でも初めて会った感覚はまったくなく気さくに議論することができたのも、そういうことだ (2023/12/13)。
2024/06/10 (Mon.)
- 河本『オートポイエーシスの拡張』を読み終えた。オートポイエーシスについてちゃんと知っておかないといけないと思って、半年くらい前に大西くんに聞いてお薦めしてもらった本。序盤のオートポイエーシスの概論、「存在の裂け目」、科学のアンチノミーあたりの話は、自分がそもそも科学者であったり、統計数理に基づいた認識論に関する興味意識があったがゆえに共感して読める部分が多かったが、後半に差し掛かるにつれて精神、芸術に関する著者の博識に圧倒されて、だいぶわからない内容だらけだった。オートポイエーシスを概観するという当初の目的は達成したとは思うものの、もう少しきちんと消化したいという気持ちは残った。
2024/06/09 (Sun.)
- 従姉妹が京都に来ていたので、先斗町にすき焼きを食べに行った。実はこれだけ京都にいても先斗町や川床でご飯を食べるのははじめてだった。おかげさまで実績を解除できた。
2024/06/08 (Sat.)
- 朝ぼんやりと歩きながら、そういえば自分が英語を喋るのに対して苦手意識が薄れた主な要因は2つあって、一つはもちろん杉山研時代に隣席に Nutt がいてくれていつも雑談していたことなのだけれど、もう一つは Ann Arbor でインド人交えてパブで飲んでいたときの経験がある気がしている。元々日本にいたときは自分の環境内でインド英語を聞く機会が多くなくて、たしか Ann Arbor ではインド英語を聞き取るのにまだとても苦労していた記憶があって、特にパブのような環境だとなおのことだから、あの日は英語を聞き取って相手の喋っていることに対して頓珍漢でない内容を喋り返すだけですごく体力を消耗していた気がする。思えばそれからというものの、インド英語も(聞き取りやすくはないけれども)普通に聞いてわかるようになったし、中印仏アクセントあたりをカバーしたおかげでだいたいのアクセントに面食らうことはなくなった。
- Ann Arbor のことをふと思い出したので、5年前の日記を掘り起こした。懐かしい。とにもかくにも孤独であることと、それをなお忘れるほど研究とビールと散歩と、そしてたまに研究室の人たちや日本人コミュニティの人たちと遊んだりした。雪の降る中、周りは Amtrak の路線以外何もない町外れの一角に間違えてたどり着いてしまって、たまたま見かけた醸造所でひとりウイスキーを飲んでいたこともあった (2019/12/10)。あの日、本当に寒かったし、周りに誰もいなかったし、でもウイスキーは沁みたのは今でもありありと思い出せるな。思えばあのミシガンはやはり自分にとって大きな転機だった。研究の意味でももちろん、結局 Clay のアイデアをもらって進める形になって自分のネタはうまくいかなかった (2019/11/05) けれど、あれのお陰で自分でネタ出しを恒常的にできるようになったと思う。英語の話は上述の通り。4ヶ月孤独だったけれど、あのときは自分は研究者としてはある意味「何者でもなかった」から誰からも興味を持たれる段階ではなかったけれど、あの経験を踏まえて研究経験の蓄積を経たからこそ、5年経った今はそれなりに人から頼られるようになった(気がする)。別に人からすごく頼られたかったとかいうわけではないけど、あの孤独の中で何者かになろうと藻掻いている瞬間は、今から思い返すと「(本能的に・動物的に)生きている」感じがあった。もしかすると今は理性的になりすぎているのかもしれない。そうか、それが今僕にとってなんとなく言葉にならないけれど足りていない感覚があったものなのかもしれない。
2024/06/07 (Fri.)
- 一ヶ月前に凸共役の勾配に関する全単射性が成り立つとは限らないと思った (2024/05/09) 件、どうやら Rochkafellar の Theorem 26.5 をちゃんと追うべきだったらしい。曰く、主双対座標が全単射になるのは凸ポテンシャルが Legendre-type であるとき。これを見ると Legendre-type がどれだけ大事かがよくわかるし、Fenchel-Young loss 論文は一般には Legendre-type とは限らないポテンシャルを扱っているがゆえに華麗にこの全単射性を使うことを回避しているのにも気づく。そうだったのか。認識が甘かった。
2024/06/06 (Thu.)
- 研究室での雑談で、自分が九大ディスカッション会 (2022/09/13) や「物語」シンポジウムの頃から考えていた (2023/07/22) モデル評価に対する価値選好の均衡解析に関してラフに話してみたら、どうやら政治経済学のあたりで投票原理に関するメカニズムデザインの話で連立の均衡ダイナミクスの解析がなされているらしく、まさにその話とフレームは近いと思った。雑でもいいから話してみるものだ。それを知れたこと自体も嬉しいのだが、地味にそれよりも僕は以前からこの「価値均衡ダイナミクス」は心の中で重要な課題であると思い続けながらも自信が持てなくて人に喋る勇気があまりなかったのだが、今日話してみたら意外と熱を込めて同僚に共感してもらって、耳を傾けてもらえたのが嬉しかった。結局のところ、自分を convince するのが最も難しいのだ。
- NeurIPS 締切後の後始末が落ち着いてきたので、一ヶ月まえにお蔵入りさせた proper loss の話を復習し始めた (2024/05/10)。一ヶ月も経つとだいぶ忘れてしまっている。考えたことを都度清書する習慣がないのがよくない。できるだけ早くスタートダッシュをしよう。
2024/06/05 (Wed.)
- 佐藤さんの新作の査読をやった。自分の作業スループットが思ったよりも調子良く、200ページ越えの著書を8時間ほどで読み切ってフィードバックできた。それにしても、「推論の高速化」という一見非常にニッチにも見えかねないトピックの中に、実は佐藤さんの最近の研究の興味(局所鋭敏性ハッシュ、ビット演算、低ランク近似、などなど)が詰まっていて一本糸になっていたこと、そして Transformer から SSM の研究へと潮流が高速なアーキテクチャへと移っていく様子の記述がなされていたこと、すべてが腑に落ちる納得のいく著作だった。伏線回収の塊だ。今朝もちょうど SSM の論文を読んだが、研究の潮流から一歩引いて俯瞰すると、確かに Transformer 登場以降は「より速いアーキテクチャへ」の動機が研究のメインストリームに鎮座し続けているように見える。だとすると、理論家としてもそこを丁寧にフォローアップすることは重要に感じられる。言われれば当然のようにも思えるけれども、言われるまで僕は見えていたとは言いづらい。どういう研究の方向性に進んでいくべきかな。
- 重い腰を上げて本の原稿を修正した。ミーティングしたのは早一ヶ月近く前で、本当だったらもっと早く改稿したかったけれど、NeurIPS の締切などをついつい言い訳にして伸ばし伸ばしにしてしまっていた。でもこういうのは結局一文字でも書き始めるのが重要で、今朝 Word を開いて死ぬ気で書き始めたら意外と直したい箇所がスルスルと見つかって、4、5時間も作業していたら割と見違えるくらいには原稿が良くなった気がする。偉いぞ自分。
- こういう経験をしていると、5年前なんかと比べて自分の文章を処理(読み書き)するスループットが顕著に向上した感覚がある。2、3年のスパンだと実感が湧かないけれども、それ以上の長いスパンで振り返ると、僕は昔さすがにここまで手早く文章を読んだり書けたりできる人間ではなかったと思う。研究の過程での訓練もそうだし、修士の頃から意識的に(研究とは直接関係ない)本を読むようにしているのがじわじわと効いているのは間違いないと思う。
2024/06/04 (Tue.)
- 先週突然矢野さんから、US の知り合いが京都に来るからということで USC の Dennis という助教の人を紹介されて、正直よくわからずにとりあえず会ってカフェで一杯飲みながら雑談したら、かなり気さくな人で研究分野も全然遠くなく。そして今度は僕が Simons Institute に興味があるとの旨を雑談で喋っていた延長線上で、なんと彼は Spencer Frei と知り合いらしく、紹介してもらうことに。コーヒー一杯から玉突きのように進んでいく話、現代版わらしべ長者のようだ。
2024/06/03 (Mon.)
- 今日の研究室セミナーではじめてまともに safe screening の枠組みを知った。双対性は基本的に制約付き問題を制約なし問題に変換したいのが主目的であって、それ以外の動機をあまり知らなかったのだけれど、safe screening では双対問題を使って主問題の解空間を大幅に絞ることができて、それが主双対の変数対応、もっと言えば L1 ノルムの劣勾配が一点ではなくて集合になっていることに依拠しているというのがとても面白かった。これ自体は LASSO の問題構造に特有の性質をふんだんに使った応用ではあるが、他の類似の性質を持った問題にも適用できるのだろうか。双対性の応用先として興味深い。
- おすすめされていたロジェ・カイヨワ『斜線』を読み終わったが、正直よくわからなかった。「対角線の科学」を謳う割に、科学の手続きや興味対象からあまりにも乖離が激しい印象を受けた。結局訳者あとがきからしかあまり有益な情報を得ることができなかったが、「過度に人間中心主義を嫌う傾向自体も逆説的に人間中心的である」「宇宙は解きほぐされ得るということに賭けなければ、思考にいかなる意味もない」という主張には迫力があった。
2024/06/02 (Sun.)
- 行ったら行ったで楽しそうなイベントはたくさんある。来週の領域会議然り、Bayes duality workshop 然り、科学基礎論学会然り、そして COLT 然り。でも出張は本当に時間を消費する。というより、自分一人が一週間で仕事に投入できる時間は想像以上に限られている。であるからこそ、行くべき出張はできるだけ絞って、研究のための可処分時間を可能な限り最大化しなければならない。NeurIPS を含めた締切が過ぎたいま、次の研究に取り掛かるのに最も重要な時機であることは間違いない。今月で可能な限り溜まっている研究を形にしたい。
- 週末なのでできればあまり作業をしたくないところだが、細々とした応募書類だったりとか論文投稿準備だとかが頭の中にずっと残り続けている方が気持ち悪いので、腹を括って作業詰め。おかげでやらなければいけないことを結構進めることができた。
2024/06/01 (Sat.)
- 中国に帰省している間に何の気無しにフランス語の YouTube を聞き始めてから、1ヶ月ほど毎日フランス語を聞き続けている。今のところ思ったより無理なく続けられているし、本当に基本的な文法、基本的な単語は教科書を見ることなく動画で聞いているだけでも少しずつわかるようになりつつはある。できるだけ続けたいと思っているけれど、今後どうなるか。