2023年振り返り

京都での生活も慣れてきて、去年は画面越しでしか会えなかったような同僚とそれなりに気兼ねなく会えるようになってきて、この土地に根を少しずつおろし始めたという実感が湧いてきている一年だった。仕事も私生活もとにかく忙しく、常に動くか書き物をするか読み物をするか、頭を捻っている日々だった。たぶん自分のような人間にとっては幸甚の至りである。そのせいで、下半期からブログを書くのを疎かにしてしまったのを悔いている。書きたいことはメモ帳に十数個山積しているものの、仕事でない書き物のために腰を据えて机に向かう時間がとにかく取れない。去年は土曜の朝は書き物の時間と決めていたのだが、下半期は休日の朝からどうしても研究をせずにはいられないことが多くて、それはそれで良いのだけれど、自分を律する力の弱さを露呈してしまった。そんな2023年、今のうちに振り返っておく。

2023年の目標

昨年末の日記を見返すと、なんだかデコボコでよくわからない目標が立っている。

1. 主著研究を3つ仕上げる

1つ目は COLT論文で、これは去年後半から細々とやっていたので、年末から本気を入れて2月頭に投稿して一発採択。2つ目は non-contrastive learning の研究 で、4月頃から着手して紆余曲折あって9月頃にプレプリント公開。IBIS2023 で発表して(末席の)受賞。その他夏休みの終わりから2件同時並行でやっていて、希望的観測では年明けに公開したいところなのだが、まだ覚束ない。これらを総合して70点。

2.(去年に引き続き)自分の分野外での研究を結実させる

去年に比べて大きな前進あり。上の non-contrastive learning の研究は、手法論としては力学系解析なので、どちらかといえば古典的な機械学習ではなくて物理とか神経科学の手法になるだろうか。やや分野外であるとの認識。「その他夏休みの終わりから2件」の研究は、1件が力学系解析、もう1件は数学者との共同研究なので、特に後者は割りと分野外と称して良いと思う。言葉遣いの擦り合わせに苦労しているが、きっと乗り越える意義のある壁だと信じて取り組んでいる。

また、春先に花見の宴席で雑談していたらその延長で歴史学者と本を書くことになった。これは流石に相当な分野外。議論したいテーマは自分の中で尽きないものの、その道の訓練を受けてきたわけではないので、何が正解なのかわからない茨の道を突き進んでいる。それを逐一サポートしていただいている共著者には頭が上がらない。

「結実」の程度問題ではあるが、いくつか蒔いた種がしっかりを根を下ろして芽吹くところまでは来たと言っていいだろう。水やりを怠ることなく生長を見守るのは来年の仕事である。総じて85点くらいをつけて良かろう。

3. 服の新調

当社比でまあまあ進んだ。夏物、秋物は気に入るものを2着ほど購入できた。あまり服の好みを公言するのも気恥ずかしいが、今年は TK が自分の好みにあっていることを発見できた。TK のコートもほとんど喉まで手がでかけていたのだが、コンサバ精神を発揮してすんでのところでやめてしまった。しかし、流石に今のコートは10年着ているので、もうそろそろ新調したい。あと、結局新調した量よりも処分した量の方が多い。総合点70点。

仕事

論文

共著者の皆さまの力に恵まれて、良い会議に複数論文が採択された。2023年内に採択されたのは以下の通りである。ACL や ICCV は自分にとっては完全に新しいフィールドだったし、昨今の盛り上がりを鑑みると学会に現地参加してみたかったが、都合がつかず止む無く断念。COLT は3年ぶり2回目の採択。D2 の頃からずっと考え続けていた「strongly proper loss と strictly proper loss には本質的な差があるのか」という疑問に対して一つの stepping stone を与える研究になったと思う。今のところ COLT は 採択2 / 投稿2 の脅威の比率。通し方はだいぶコツを掴んできた。

教育

今年は人生初の講義をやった経験が大きい。詳しくはここに書いたので割愛。Rennes での faculty、学生との議論は活発で、かつお酒とガレットが美味しくて良い街でした。

学生さんの論文添削は相変わらずまあまあな頻度でやっている。正確に数がカウントできないが、通ったもの・通っていないものを含めてユニークカウントで6本くらい見たのでは。自分の中での最低限の矜持として、絶対に最初から最後まで目を通すようにはした。特に一人はじめて論文を書く学生がいたのだが、はじめは(多分あるあるだと思うが)全部書き換えた方が良いような気もしつつ、忍耐強く一からコメントを入れていった結果、途中から論文が見違えるように良くなった。これはメンターの立場からすると元気づけられる瞬間だった。

講演

OR学会の研究部会に呼ばれて年明け早々招待講演をした。講演時間も2時間ということで、自分の中では過去最長だった。OR と機械学習の接点ということで、機械学習における双対性について喋ることにした。一般受けしづらいトピックではあると思いつつ、何人か興味を持ってもらえたようなのでよかった。あと、最近はスライドにできるだけコストを割かないようにしていたが、珍しくスライドを頑張った。

3月には FIMI で招待講演をやった。学生の時から憧れていていつか喋ってみたいと思っていたので、実績を解除できた。これまたマニアックな COLT論文の内容を話した。

7月に、(手弁当で)歴史学者と執筆中の本のプロジェクトの一貫でシンポジウムをやった。これまた自分のバックグラウンドとは全く異なる発表だったので非常に手こずった。結論から言うと(少なくとも僕個人は)全く良い講演ができたとは思っていなくて、援用している概念の用法の甘さ、関連研究のカバー範囲の狭さなど故に、後日 STS の方からまあまあ強めの口調でお叱りをいただいたりもした。けれども、こうでもしないと分野外に飛び出すことはできないだろうし、ありがたい学びの機会になったと思っている。

10月には Bristol で COLT論文の宣伝を行った。Decision tree、AUROC、proper scoring rules の大御所であるところの Peter Flach が真剣な眼差しで聞いてくれたのが印象的だった。セミナー後のディスカッションも、自分は decision tree 屋ではないので、そちらの方面からの見方を聞くことができて勉強になった。

旅行・出張

海外渡航も随分としやすくなったので、今年は博士課程時代に失われた海外研究活動をようやく取り戻すことができた感覚がある。まあまあ色々なところに行った。1泊以上しているものをカウント。

  • (出張)1月: 本郷(招待講演)
  • (私用)1月: 東京×2(バンド練)
  • (出張)2月: 立川(領域会議)
  • (私用)2月: 東京(社会人バンドのライブ)
  • (出張)2月: 修学院(白眉合宿)
  • (出張)2〜3月: Rennes, France(集中講義)
  • (旅行)2月: Munich, Germany
  • (旅行)3月: Porto, Portuguese
  • (旅行)3月: Barcelona, Spain
  • (出張)3月: 立川(FIMI2023)
  • (出張)3月: 本郷(Workshop OT)
  • (旅行)3月: 静岡
  • (帰省)4月: 広島
  • (出張)5月: 赤坂(船井の授賞式)
  • (出張)6月: 沖縄
  • (出張)7月: 沖縄
  • (出張)7月: Bangalore, India(COLT2023)
  • (出張)7月: 日本橋
  • (出張)8月: 立川(領域会議)
  • (出張)9月: 新大阪(領域会議) ※泊まりなしだが2日連続
  • (出張)10月: Dresden, Germany(JAGFOS)
  • (出張)10月: Bristol, UK
  • (旅行)10月: 広島
  • (出張)10月: 小倉(IBIS2023)
  • (私用)12月: 横浜(友人の結婚式)
  • (出張)12月: 修学院(白眉合宿)
  • (出張)12月: New Orleans, USA(NeurIPS2023)

ミュンヘンは昔トランジットで半日立ち寄っただけで、はじめて時間をとって見て回った。運良く(電車が遅延しない程度に)雪が降り積もったノイシュバンシュタイン城を見れて、強烈な印象が残った。泣きそうなほど寒かったが。インドは何度行っても良い。比較的都市化が進んだバンガロールでさえも自分の生きてこなかった世界を見ることができる。地味に地元の広島を旅行したときに訪れた宮島が15年ぶりとかで、自分の記憶の中に全くない宮島を発見することができたのが印象的だった。

読書

今日時点で35冊。やはり年40冊の壁は厚い。ただ今年読んだ本はカロリー高めの本が多かったのでその点を鑑みて許してほしい、と言い訳をする。シェイピン・シャッファー『リヴァイアサンと空気ポンプ』やラトゥール『虚構の「近代」』あたりは内容的に相当ヘビーだった。そういう本も食わず嫌いせずに積極的に読んだのが功を奏して良書が多かったのだが、数を抑えてピックアップすると、

  • クーン『科学革命の構造』
  • フェルベーク『技術の道徳化』

の2冊が良かった。2冊とも時間さえ許されるなら毎月読んで心に刻んでおきたい内容。クーンは今更触れるまでもないだろうが、60年代のパラダイム論・科学革命論の火付け役、フェルベークは技術が道徳的責任の主体になり得るのか、なり得るとしたらどのような形式・実体の意味で主体たり得るかを論じた名著。AI が人間の「知性」に匹敵するかのごとく席巻している今だからこそ、どちらも時宜を得た論考として2023年の読者に響くのではないかと思う。

その他

9月末で閉館の京都みなみ会館に行ってなんとなく観たウォン・カーウァイ監督の映画『ブエノスアイレス』が刺さった。正確に言えば、観終わった直後はよくあるB級映画だな、くらいの感想だったのが、日を経るごとにあの画質の良くないスラムの一角の映像がいやに頭の中でリフレインしてくる、スルメのような作品だった。たぶん僕自身の本質と作品の頽廃性がよく共鳴するのと、主題歌である『Happy Together』のチョイスが適度に郷愁をくすぐるのが効いているのだと思う。お陰で南米への憧憬が全く止まらなくなった。

コロナ期間中はライブをやる機会がめっきり減ってしまったが、今年に入ってありがたいことに2回ライブをする機会に恵まれた。東京で1回、京都で1回。年始に東京でライブをやったときは、1月はほぼ毎週末東京まで往復してバンド練をしに行くなどなかなか大変だったが、人と楽器をやるのはやはり良いものだと感じさせられる。相変わらずサドメルのナンバーで満足の行くようなソロを吹くことはかなわないけれども、大学を卒業しても挑戦し続けられるチャンスがもらえているのは(特に自分のようにバンドを立ち上げるほどのエナジーが溢れていない人間にとっては)貴重なことだと思う。

お酒はあまり飲んでいない。クラフトビールオタクも引退の潮時か。