Random thoughts in Japanese. All optinions are my own.

2020/11/30 (Mon.)

  • この間読んでいた[KSS94]の自主ゼミ発表を終えた。計算量理論の困難性の証明は読んでいてとても楽しい(と同時に自分では全く思いつく気がしない)。それでも研究活動をやる身分としては、きちんと歴史を踏まえてフロンティアを切り拓いていくべきだと思うので、こうしたepoch-makingな論文はじっくりと追いたいという気持ちが最近は強い。
  • 自分はもう何本か論文を出してしまえているので良いのだけれど、本当は修士の頭からこうした歴史を追うステップを踏むべきだと思う。しかし2年しかない中で論文も出すプレッシャーの中でできるかというと非常に難しい気がしていて、やはり時間は足りない。そういう意味では、自分の今の身分と業績量は、落ち着いて研究活動をする上で悪くない立ち位置になってきたように思う。

2020/11/28 (Sat.)

  • 4年ぶりくらいに嵐山に行った。前に行ったのはIBIS2016のときで、夜行バス明けで眠い目をこすりながら天龍寺を回った記憶が懐かしいなあ。あのときは全然研究の世界のことがわかっていなかったので、振り返ってみると本当に遠くまで来たなあという気持ちになる。
  • 人が多いかと怯えながら行って、実際にまあ渡月橋周辺は人が多かったけど、嵯峨の方に行くと意外と閑散としていて、場所さえ探せば喧騒から離れてのんびりできるのだな、ということがわかった。
  • カフェでラフロイグを初めて飲んだ。先日飲んだアードベッグと比べると、後味に強烈なハーブ感が感じられた。アイラモルトの香りはどちらも良かったのだけれど、味自体はアードベッグのコーヒーフレーバーが好きかもしれない。

2020/11/26 (Thu.)

  • オンライン学会に参加している裏側で、書類仕事やったり、スライド作り上げたり、リバッタルを書き上げたり、後輩の研究相談に乗ったり、メールを返したり、やる気を振り絞って無心に仕事を片付けた。
  • 最近仕事を溜めがちだったのでひとまずタスクを多少消化できた。のんびりできる週末が待ち遠しい。

2020/11/25 (Wed.)

  • 一昨日は駒場祭のスタジオ配信を終えた後、シェアサイクルで代々木上原から中野街道を北上して、行ったことのない新井・長崎を経由しつつ、最終的に目白駅まで行った。およそ10km程度らしい。これで山手線未踏駅が一つ減った。
  • 1ヶ月ほど晴れの日が続いたのになんとか支えられた反動で、秋雨がちな日になってきて気分が落ち込んでいる。今朝もやる気が起きず、ネットサーフィンでだらだらしてしまったため、意を決して外出してカフェで作業。
  • 自分って将来何をしたいんだろう。そういう話をしたり聞かれたりする機会がますます増えつつあるので必然的に考えることになるのだけれど、まだよくわからない(10月9日10月29日10月30日11月12日)。
  • 自分が現状持っている最重要ファクターは「働きやすいこと」、具体的にはある程度の時間裁量があって休日は休めること。漠然と自分が心に抱くのは「社会的責任を果たすべき」ということ、具体的にはアカデミア(あるいは上位組織の国家??)の組織体制の変革、科学の現代社会におけるリポジショニング、および個人の社会的責任に基づく市民リテラシーの向上(すべて対象が大きく漠然としすぎているが)。そんな自分に対して友人から忠告されるのは「自分のやりたいことをやれ」ということ。
  • こうやって言語化してみると、キャリア選択の面ではやはりアカデミアなのではないか、という気はするが、本当にそうなのだろうか(ただし働きやすさは端から度外視している)。自分の漠然とした課題感を喋ると「個人の手に負えない(金にならない、対象が大きすぎる)」「自分のやりたいことをやれ」とよく言われる。確かにそうだ。僕はどれくらいこういったことをやりたいのか。一方で、実現可能性はともかくとして、こうしたハイレベルな社会課題感については個々人が常に考えなければ、従来社会の問題は永遠に解決されないのではないか。

2020/11/22 (Sun.)

  • 大内「マルクス・エンゲルス小伝」を読了。最近の再読でよく思うけど、一度目に読んだときの記憶が驚くほど残っていない。いくら5年前とかだったとしても、昔の自分の読み方の悪さに唖然とせずにはいられない。
  • 本書は基本的に既にマルクスの唯物史観についてある程度通暁していることを前提として書かれているのでわからないところも多分にあったけれど、それでも唯物史観とそれに基づく社会主義の科学的手法は眼を見張るものがあった。フォイエルバッハをはじめとする「解釈するだけ」の近代ドイツ哲学を乗り越えて、唯物論をただ机上の考察に終わらせることなくそれを現在の社会構造と階級にまで根を下ろすというところに、「できるだけ最小の公理系を究明したい」という科学的姿勢が見て取れるし、そのモチベーションに哲学を市民社会に結びつける気概と昂然としたヒューマニズムを感じる。とても面白かった。
  • また、国家の存在に関する考察として、先日読んだヒトラーの自己保存衝動とは全く異なる観点で、社会の向上した生産力をより有効に活用するために有利な資産の集約という戦略を取った結果としての国家の形成を説いている。これは「経済学批判」の有名な序文である「人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意思から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。」という部分にも色濃く表れている。ここからしても両者が相容れなかったことは明白だし、少なくともマルクスの、「生産諸関係と所有諸関係の矛盾から生じる階級闘争」に関する考察は非常に明晰であるように思われる。共産主義が「正しい」のかどうかは「信仰」の問題だが、少なくともその根拠たる論理演繹は厳然としていて、社会科学の崇高さとしては個人的に惹かれる。
  • 逸脱するが、マルクスの学究の姿勢は見習いたいと思わされるところが多かった。元々社会主義を浸透させて階級闘争を起こすという明確なヒューマニズム的な目的があったからこそ、自らの研究をさらにジャーナリズムを通じて訴えるという、非常に活動的でかつ市民社会に根ざした活動様式を取っていた。こうした哲学の社会実装には憧憬を抱いてしまうので、思うのは簡単なのだがジャーナリズムに惹かれてしまった。
  • 何はともあれ、19世紀のドイツ・フランス哲学とヨーロッパ史は興味深いことづくしで目が離せない。この1ヶ月ほどの間にも、ヘーゲル、プルードン、フォイエルバッハ、マッハ、リカードなどなど、追いたい思想家が増えてしまった。

2020/11/21 (Sat.)

  • 今日は所要で朝から駒場に寄ったので、折角ということで代々木上原のスワンレイクビールのバーに立ち寄った。味噌煮込みのジャークチキンが香ばしくてとても美味しい。
  • その後は無計画に代々木上原から西原、幡ヶ谷、渋谷本町、都庁と2時間くらいぶらぶらと散歩した。今日は風は大きいけど、ここ数日ほど暑くなくて散歩していて快適。山手側は私鉄が放射状に走ってるので、小田急から京王の間の領域がどうしても頭の中で連続的につながっていなくて、こういうふうに歩いてみると自分の経験として街がつながって楽しい。

2020/11/20 (Fri.)

  • 京都から渋谷から中目黒から本郷へ。お手伝いのお仕事があったので移動の多い一日だった。ぐったり。
  • バックパックにミラーレスが入っていたので、ふとした街並みで足を止めて写真を取るのが楽しい。渋谷の3Dホログラムなり、本郷の銀杏並木だったり。

2020/11/19 (Thu.)

  • 京都に滞在して一週間。前に比べて居候の生活にもだいぶ慣れてきて、自分のペースで生活できるようになってきた気がする。明日は東京に帰る。
  • 自分で企画した研究室内の自主ゼミ用に、[KSS94]を読み始めた。前々から知りたいと思っていたagnostic learning/0-1 loss minimizationのNP-hardnessを示す論文。とりあえずhardnessの証明パートは読み終えたけど、とても賢くて読んでいて楽しい。博士課程というのは、本来こうやって知りたいこと、考えたいことを、時間や仕事の制約なくゆっくりとできるための期間であるべきだし、自分の中でそういう方向に持っていけつつあるのが嬉しい。Publication raceとはできるだけ決別したい。

2020/11/17 (Tue.)

  • 午後はぶらぶらと三条大宮公園で陽の光を浴びながら読書したりした。直近の仕事量を良い感じに抑えられてはいるので、こうやって平日でも読書しても良い気がする。今は研究に猪突猛進する気分ではないし、こういうときにはなぜか本を読む気持ちは結構ある。
  • 大内「マルクス・エンゲルス小伝」を先日から少しずつ再読し始めた。著者の評論的スタイルで前提知識がないために詳細までは理解できないところも結構あるが、史的唯物論の科学的・客観的アプローチには僕の求めていた社会科学の姿を少し垣間見た気がして、なかなかに面白い。一方で、著者が根っからの(?)マルクス主義者なのか、賛美一辺倒なので、割り引いて読む必要はある。

2020/11/16 (Mon.)

  • 後輩がちょうど京都にいたらしく、ふらっと烏丸御池から南禅寺まで散歩してみた。想像上の距離と比べて意外と3kmと少しくらいだったので、1時間もかからず着いた。京阪三条よりも向こうを歩くのは初めてだったので新鮮だった。

2020/11/13 (Fri.)

  • 京都に来たので暇な時間で東山を散歩しようかなと思っていたけど、突然気が変わって鉄道博物館を見ていた。実際のところは電車の仕組みにはあまり興味がなくて、ずっと歴史や路線図を眺めていた。特に路線図はずっと見ていられるし、いろいろなことを忘れられるので良い。
  • ひょっとしたら路線図の本を家においておけば、何も考えたくないときに眺められてとても良いのではないか。

2020/11/12 (Thu.)

  • 結局何もやる気が出ず、時間を浪費した一日。そういえば半年前にも似たような精神的状況だったような、と思って日記を読み返したりした(6月25日6月26日)。学期の始まりからしばらく時間が経ったり、論文を投稿した後だったりでの、6月や11月というタイミングというのも関係あるかもしれない。
  • 普段から自分としてはルーティーン的に平日の研究時間を確保しているので、精神的不調に合わせて適応的にしても良いように思う。疲れたときは何もしない。そういうことに引け目を感じる必要もない。もっと気楽に、適当に生きてもいいはずだ。
  • 一方で、定職に就いたらそういうわけにもいかないのだよな、と思うと、本当にやっていけるのだろうかと不安になる。この先のキャリアでまだ悩んでいる段階だが、そうした面での働きやすさは一つの大きなファクターと成り得るかもしれない、とふと思う。
  • こんな日ではあるのだけれど、懇意にしてもらっている先輩と2人でご飯を食べに行った。蔵前の、隅田川沿いの閑静な通りに面したお店。最後にスコッチが目に留まったので、先日と同じようにアードベッグを飲んだ。アードベッグの独特のモルト感がなんとなく感覚としてわかってきた。コーヒー風味のモルト感。自分が前に飲んでロースト感の強い香りが好きだった宮城峡と比べると、スパイスが少々弱めで甘い香りがのったような感じ。またひっそりと試したい。

2020/11/11 (Wed.)

  • 科学研究的プロトコルにおいて「AならばB」という演繹を行う際、前件Aの妥当さと含意の演繹の正しさは明確に区別して議論するべきだな、とぼんやり思った。書いてしまえば当然のことだけど、たとえば研究の評価を行うときにこれが区別できていないと議論が噛み合わない。そしてこれは科学のみならず、一般的な主義主張の妥当性を議論する際にも当てはまると思う。
  • 突然精神的に不調に陥った。朝から何もかもやめてしまいたい気持ち。原因はよくわからないけど、漠然と人様にたくさん迷惑をかけてしまっている申し訳なさだろうか。朝からこれだとなかなかきつい。人がいれば話して気を紛らわせることもできるのに。

2020/11/10 (Tue.)

  • 今日も今日とてPh.D.学生談義。何事にも理由や目的を求めるスタイル自体が西欧(特に英語的?)な発想かもしれない、か。確かにそうかもしれない。科学者共通のプロトコルとしてインフラをなしているとはいえ、意識しないと囚われそうな思考の牢獄だ。
  • 結局、自分のやってることにすべて価値があるのか気にはなってしまう。目先のことだと、例えば後輩のスライドにフィードバックをしたりしても、こんなの役に立っているのか、という気持ちにならずにはいられない。まあ多くの場合において他者のフィードバックはほとんど不確かなものだから、大前提として自己満足であることを強く認識するしかないのかもしれない。

2020/11/08 (Sun.)

  • 梶・西條・野原「科学技術コミュニケーション入門」(培風館)を読んだ。2つほど面白い点があった(どちらも科学コミュニケーション論で扱った点ではあるのだが)。
  • 第一に、科学コミュニケーションのモデルとして、市民の知識の欠如を仮定した科学者による啓蒙的なスタイルである「欠如モデル」と、科学者すらも専門外では素人であることを踏まえ市民的科学における課題を市民からも吸い上げるような双方向スタイルである「関与モデル」の対比。論調としては当然欠如モデルに対して幾分批評的なのだが、その論拠として、イギリスかどこだかで中途半端に知識を獲得した市民が科学に対して反感を覚えるようになったというデータがあったそう。それの良し悪しはともかく、(僕含め)欠如モデルを仮定した人たちの意図と反する結果になっているのは面白い事実。
  • 第二に、科学者の専門性だけでは太刀打ちできないトランスサイエンスの台頭。これは自省すべき点が多く、専門性で突き抜けた科学者は往々にして個別の複雑な事象にのみ囚われてしまい、非常に近視眼的になってしまいがち。一方で、現代社会では多数の科学的事象が相互に複雑に絡まって環境問題などを引き起こしているため、より鳥瞰的な視点をときには持つことも必要。市民に直結する科学は何か、それはおそらく後者のことが多くて、やはり市民にとって文脈が共有できるような、根を下ろした科学を意識する必要は時々であるのだと思う。

2020/11/07 (Sat.)

  • 渋谷・原宿・代々木周辺をぶらぶらと。奥原宿にあるAZ Finomというハンガリー料理レストランを訪れたのが、ここの料理が頗る良い。煮込み豚と塩味のついたマッシュポテトがとても合うし、自家製のパンが食べたことのないようなしっとり食感で、これも豚と合う。場所の利が悪く、雰囲気が多少格調高い店ではあるが、ここは人にとてもおすすめしたい。自分は知らなかったのだが、ハンガリー料理の特徴の一つとして、パプリカが多用されている点が挙げられるようだ。
  • その後は渋谷ØLでノルウェービール。懲りずにLervigのインペリアルスタウトを見つけてしまったので即注文、文句なしの重厚な色と味。立て続けにLervigのスタウトを飲んでどれも筆舌に尽くしがたいほど美味しかったのでメモ: Smore Stout3 Beans StoutTimes 8。今日はTimes 8。敢えて一つ選ぶなら、自分は3 Beansの複雑なバニラ・ココア・シナモンのハーモニーが一番好き。
  • 東京の山手側には長らく足を運んでいなかったので、噂には聞いていた再開発が想像以上に進んでいて圧倒された。渋谷駅、原宿駅、宮下公園など。自分の知っている渋谷ではない。一方で、奥渋なんかに行くと駒場時代サークルに足繁く通っていた頃に無心で往来していた道が今も残っているので、あの頃の(決して野放しにいい思い出だったとは言えないけどいろいろな出来事があったそれを乗り越えた生存バイアスによって美化された)ノスタルジーを感じる。渋谷ノア2あたりなんて、バンド練を繰り返していた頃がすごく懐かしくて立ち止まってしまった。その頃は全くクラフトビールなんて飲まなかったので、まさか当時「アングラな道だなあ」と思っていたノア2の奥がØLだったのは色々と面白かった。
  • 駒場に足繁く通っていた時代はもうかれこれ5年も前になってしまった。こうやって人生の折々が過去の記憶になってしまうのだなあ。

2020/11/06 (Fri.)

  • 今日も午後はぶらぶらと蔦屋家電で査読。前に住んでいたときは余裕がなかったのか何かであまり頻繁には来なかったが、棚の配置や通路のつくりを思わず眺めて立ち尽くしてしまう場所もあるくらい、なかなかに意匠が凝らされているように思う。
  • アメリカの知り合い2人に声をかけて少しずつ準備を始めていたオンライントークの企画の宣伝を各所に出した。オンラインだと海外の知り合いでも気軽に呼べてしまうのは良いことだ。本当なら研究費をこういうところに使ってオンサイト開催で日本に呼んだりできたら楽しいんだけれど。
  • 雑務は着々と計画的にこなせていると思うが、それだけで時間を消費してしまっているので、新しい研究になかなか取りかかれない。AISTATSの締切後もうすぐ1ヶ月なのでぼちぼち再始動したい。昔よりはかなりタスクマネジメントやスケジューリング能力が上がったと思うけど、それでもまだ改善の余地があるなあ。

2020/11/05 (Thu.)

  • 一週間ほど所用で二子玉川に滞在している。とはいえWFHなので基本は(せっかく仮スタンディングデスクをセットアップした自宅の環境が使えない不自由な)自宅生活だが。
  • 少しくらい外の息を吸ったほうがいいだろうということで、蔦屋家電のスタバで査読をしたりしていた。蔦屋家電、空間としてはとても良くて、カフェと本屋がシームレスに繋がっているのも好き(そういえば昨日聞いた「外部環境との連続性が日本建築の特色」という話も関係ありそう、逸脱するが)。しかし、どうしても街にいる人々の空気感に馴染めなくて、どことない疎外感を感じるのが二子玉川だ。僻みや批判のつもりは毛頭ないけど、周囲の人間の虚栄を感じてしまう。しかし自分も街の中に溶け込んだら他者からはそう見えるのだろうか。
  • 蔦屋の帰りがけに中村文則の文庫を買ってしまった。本屋によると絶対に立ち止まって本を買ってしまうのでよくない。本棚が全く足りていない。

2020/11/04 (Wed.)

  • 人と話すと違う。相手に思うところがあっても話していると大したことではなくなるように思える。WFHはこういう機会が失われるところに怖さがある。
  • 科学コミュニケーションの講義で、前に疑問に思っていたアカデミー・コモンズ全盛時代の、職業としての科学者について質問してみた。基本的には18世紀はまだ職業としての科学者が確立された時代ではなかったので、実家が太いとか、政治家の片手間とか、副業で苦労して稼いだりとか、そんな時代だったようだ。そういう意味では今と大きく変わるわけでもないのだろう。
  • ちなみにイギリスのロイヤルソサイエティでは、ファラデーなど喋り上手の科学者が一般向け講演を行って運営金を稼いでいたらしい。

2020/11/03 (Tue.)

  • 朝からとてもモヤモヤしたので日記を書く。
  • 研究室の特にシニアな学生で、自分の研究や発表以外の研究室運営周辺の事柄になると我関せず、みたいな態度になる人、かなり我慢ならない。
  • 元々博士学生でそれで対価(お金)をもらっているわけではないから関する必要はない、という考え方は合理的だけど、これはモラルの問題。年長者として、自分が過去に研究室から受けた利益(例えば新参者のときに歓迎してくれたりとか、研究相談のってくれたりとか、計算機の使い方教えてくれたりとか、普段談笑してくれたりとか、とにかくそういう広範な利益)があるわけだし、研究室のノウハウは自分に蓄積されている(例えば過去セミナーがうまく回った、回らなかったときの知見とか、周りの人の研究が詰まってたときの知見とか)わけだから、そういうのは還元するべきだ。
  • そういった利益やノウハウは対価の前借りだから、同じ共同体内の人間、特に右も左も分からない若輩者に還元するべきだ。ここに共同体が共同体である意義があって、この施しの連鎖が存在しないのであれば共同体のつながりが十分でなく、存在意義をなさない。どうぞ研究室から出ていって一人でやってください、という感じ。
  • これは国家共同体と全く同じ構造。「私たちは税金を払っている側なんですけど?」というお客様態度で国家運営に参画しないのは、共同体の構成員としては大きな怠慢。福沢も、学問は自分を高め共同体に還元して独立性を高めるためにあるべきだ、と説いている。
  • 人によって還元量に対する許容値もあって、自分の要求が高いだけかもしれないとか、他人の還元が目に見えてないだけかもしれないから黙っているが、人によっては僕に仕事押し付けてフェードアウトする人すらいる。それで僕が善意で引き受けたからといって何か物質的・非物質的対価が欲しいわけではないけど、感謝の言葉の一言もないのは許せない。これは単純に、仕事を委任したら最低限感謝の言葉でも良いから返すべきであるという(社会契約上の?)原則だろう。たぶん人間は無償の労働には耐えられない。
  • 一方でこれは興味本位だけど、「私は共同体に還元する手間を被りたくないので利益の前借りをしたくない」という人はどうすれば良いのだろう。例えばこれが国家レベルの共同体だと、じゃあ日本から出ていってください、というわけにもいかない。この辺りを社会学者はどのように考えるだろうか。
  • さて、まあ色々書き出してスッキリしつつあるわけだけど、基本的に人生のベースの幸福度は再三になるが数年前よりだいぶ向上しているので、上述の鬱憤はたぶん些末なもので、僕が人間として未熟ゆえに向上した幸福感のカウンターバランスから生まれている感情にすぎないと思うから、できるだけ周囲に傍若無人に振り撒きたくない。自分としてはできるだけ自己制御しつつ、社会契約に気づいていない人たちにはこちらから仕事を振っていくのが次善策だろう。本当は自分で気づいて自発的に行動して欲しいけど、それを万人に要求するのは僕の傲慢でもあるから、静かに必要なことをやるように心がける。
  • cf. 10月27日の日記
  • メモ: 「共同体との社会契約と(非金銭的な)対価労働の妥当性、およびそれを運用するためのインセンティブデザイン」「共同体への所属を拒否する人間はどうすべきか」「人間の無償の奉仕はあり得るか?(cf. 6月25日)」

2020/11/02 (Mon.)

  • あっという間に11月か。日の入りも早いし冷え込んできた。こういう気候になってくると段々年末の浮足立った気配を感じるようになる。

2020/11/01 (Sun.)

  • 東京にいる間に行ったことのない場所をできるだけ満喫すべく、今日は都電荒川線からの王子・飛鳥山公園でのんびりと本を読んでいた。三ノ輪周辺もはじめて歩いた。三ノ輪橋駅周辺はこじんまりとした商店街になっていて、今日はそそくさと都電に乗ってしまったけど、今度は日光浴しながら買い食いしてもいいな、という少し心惹かれる雰囲気の場所だった。
  • 先週末に日比谷に寄ったときにたまたま手にとって購入した福沢「学問のすすめ」を読み終わった。言われてみれば読んだことがなかった。
  • 同じ週の科学コミュニケーション論で、歴史的に科学の果たす役割がどのように変わってきたか、その一つとして福沢の科学観に触れられていた。曰く、科学ないし論理教育は「民衆が思考するためのインフラの提供」としての役割を果たすと。この部分が結構気になっていたのもあって、そういう目的意識で読んでいた。当該書で福沢が述べていた学問の役割とは「個人の(機会)平等を達成すること」「世の中の道理や社会の力学を理解すること」「他人の権利を侵害せず自らの克己心と独立性を高めること」あたりであり、ではそれらが何のためなのかといえば、最後に行き着く結論は「国民・国家の独立性を保つこと」のように読めた。自身も「役に立つ学問をせよ」と繰り返していた。
  • これは明治初期で列強の支配の危機に瀕していた当時の考えであるから現代と乖離があるのかもしれないが、僕はこのような学問の役割に依然違和感を覚えなくもない。論理で認知できる対象範囲自体にバイアスがある。例えば、市場経済の仕組みは論理的に解明し理解することができるだろうが、それによって結果を得る・国家の独立性を保つ・「役に立てる」ことができるのは、社会の仕組みが論理的であるからで、例えば行動経済学的には人のヒューリスティクスなど必ずしもすべてが論理的に要素還元できるとも限らない。であるから、論理の信奉は視野狭窄に陥りかねない。
  • といいつつ、福沢はきっとその辺りも見越してより高次の学問を想定していたのかもしれないし、自分の思考だって論理の枠組みに嵌っている(?)からどれだけ主張を述べても論理の枠組みから逃れられないし、何が出口なのかよくわからない。