2021年振り返り

2021年も終わろうとしている。今年もあっという間に年末になり、自分の場合は博論のディフェンスを目前に控えている。相変わらず知己と気軽に会える世の中ではないが、それが部分的には功を奏して自分ひとりの時間をたっぷり取れたという面もある。そんな中で今年触れられて良かったもの、印象に残ったものを振り返る。

本: オルテガ『大衆の反逆』(佐々木孝訳・岩波文庫)

昨年大学で受けていた講義中で紹介されていたのをきっかけに今年読んだ。1930年代の切迫しつつあるヨーロッパの情勢がよく感じられる一方で、社会に対する責任感が欠如した「大衆」に対するオルテガの箴言はおよそ100年経った現代社会に対しても鋭く突き刺さるように感じた。研究者の端くれである自分にとっては、「専門主義の野蛮」と銘打って高度化・先鋭化する専門領域と社会的責任の乖離を鋭く批判する筆致が非常に印象に残る。社会の中で生きる自分をどのように相対化し社会の中に位置づけるべきか、を考える契機を与えてくれた一冊だと思う。

ちなみにちくま学芸文庫にも同書は訳されて出版されているが、「フランス人へのプロローグ」は岩波文庫にのみついているようだ。このプロローグに含まれるパスカル批判も面白い(PSYCHO-PASSで狡噛と槙島が引用しているのはこの部分だと思われる)。

その他に今年読んだ本をまとめる。

  • ダニエル・デネット『心はどこにあるのか』(ちくま学芸文庫)
  • 宇野『民主主義とは何か』(講談社現代新書)
  • 大澤『社会学史』(講談社現代新書)
  • 石井『「小さな主語」で語る香港デモ』(現代人文社)
  • 河合『物語 東ドイツの歴史』(中公新書)
  • ベルクソン『物質と記憶』(岩波文庫)
  • 消極性研究会『消極性デザイン宣言』(ビー・エヌ・エヌ新社)
  • 丸山『日本の思想』(岩波新書)
  • 冨田『カント入門講義: 超越論的観念論のロジック』(ちくま学芸文庫)
  • 藤垣『科学者の社会的責任』(岩波科学ライブラリー)
  • プラトン『国家(上・下)』(岩波文庫)
  • 佐倉『科学の横道』(中公新書)
  • ジェイミー・バートレット『操られる民主主義』(草思社文庫)
  • 桜木『砂上』(角川文庫)
  • E・H・カー『歴史とは何か』(岩波新書)
  • アドルフ・ヒトラー『わが闘争(下)』(角川文庫)
  • 板谷『日本人のための第一次世界大戦史』(角川ソフィア文庫)
  • ショーペンハウアー『幸福について — 人生論』(新潮文庫)
  • エンゲルス『空想より科学へ』(岩波文庫)
  • エルンスト・トゥーゲントハット『論理哲学入門』(ちくま学芸文庫)
  • 長尾『人工知能と人間』(岩波新書)
  • 吉村『関東大震災』(文春文庫)
  • オルテガ『大衆の反逆』(岩波文庫)
  • ポアンカレ『科学と仮説』(岩波文庫)
  • 山口『日本哲学の最前線』(講談社現代新書)
  • キェルケゴール『死に至る病』(岩波文庫)
  • 初田・大隈・隠岐『「役に立たない」研究の未来』(柏書房)
  • 鈴木『東洋的な見方』(岩波文庫)
  • 石川『いま生きているという冒険』(新曜社)
  • ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫)
  • 宇沢『近代経済学の再検討 — 批判的展望』(岩波新書)
  • 中村『その道の先に消える』(朝日文庫)
  • 蔵本『新しい自然学: 非線形科学の可能性』(ちくま学芸文庫)
  • 吉村『三陸海岸大津波』(文春文庫)

35冊読んだ。冊数が大事というわけではないが、10年スパンくらいの長期視点で見るとやはりもう少し読みたい気持ちが芽生えるので、来年はできたら40冊以上読みたい。

『大衆の反逆』の次点で良かったのはキェルケゴール『死に至る病』、鈴木『東洋的な見方』、大澤『社会学史』あたりだろうか。良くも悪くも自分の閾値がやたらと低いためか、割とどの本も面白いと思えてしまった。

論文: “Surrogate Regret Bounds for Polyhedral Losses”

Frongillo and Waggoner “Surrogate Regret Bounds for Polyhedral Losses” (NeurIPS2021)

CU Boulderの知り合いのチームの論文で、彼らは最近polyhedral lossと呼ばれる、hinge lossなどを含むconvex piecewise linearなloss functionに関する研究を行っている。10年以上前からhinge loss vs. logistic lossの間のsparseness vs. smoothnessのトレードオフは定性的によく知られていたが、研究としてはsmoothlossの方が長い間行われてきて、proper lossというクラスとして主にまとめられていた(例えばReid and Williamson (2010))。一方のnon-smoothなloss functionの研究はあまりきちんと行われていた印象がなくて、それをpolyhedral lossとしてまとめ始めたのがこのチーム。この論文はその中でも特に結果が面白くて、もしloss functionがpolyhedralでなければ、O(√ε)のregret下界を持つことを示しており、polyhedral lossの定性的な識別性能の良さの裏付けを与えている。この手のloss functionのregret下界は自分の知る限りではこれまで与えられたことがないはずなので、証明のアプローチ(強凸性のバウンドに依拠した比較的シンプルなアイデア)も含めて面白いなあと思った。

ビール: Rolling Thunder Imperial Stout(蝦夷麦酒)

家で飲むことが多くなったので濃いスタウトを口にする機会がめっきり減ってしまい、その分美味しいインペリアルスタウトに出会ったときの感動がより大きい。今年最も美味しかったビールは蝦夷麦酒のRolling Thunder Imperial Stout。一見呪文のような名前だが、これが頗る濃厚で記憶に残る味だった。チョコレート風味が強いけれどもスクロースの甘みが嫌にならない、インペリアルスタウトのお手本のような味。自分の中ではこの手のパンチのあるインペリアルスタウトは北欧のブルワリーと相場が決まっていたが、国内ブルワリーでこれだけ美味しいスタウトが飲めるとは思っていなかった。ちなみに11月に両国ポパイのドラフトでいただいた。

他にも美味しいビールはたくさんあったのだが、次点としてLemon Ginger Hazy IPA(DD4D Brewing)Muscat PilS(宮下酒造)を挙げておくことにする。DD4Dは松山のアパレルと一体になった不思議なブルワリーで、今月機会があって松山を訪れた際にいただいた。宮下酒造は岡山らしい。国内のクラフトビールシーンが盛り上がりつつあるのは良いことだ。

コーヒー: Nicaragua Limoncillo(Kielo Coffee)

クラフトビールに比べてコーヒーを飲み比べられるほど舌が肥えてないのだが、そんな自分に大きな印象を残してくれたコーヒーがニカラグア(Limoncillo農園)だった。普段は酸味の強いコーヒーが苦手で豆を買う時はいつもシティローストかフレンチロースト寄り、浅煎りの豆を買うことはまずないのだが、ニカラグアは浅煎りにもかかわらずフルーツの香りがすっと抜けて後味に残らない。フルーティーなコーヒーの香りだけが楽しめて、味のボディはしっかりとしているコーヒーだった。お店で飲んだときにあまりにも気に入ってしまったので、その場で豆を買って自宅でも淹れてみたが、これも美味しい。正直な話、自宅で淹れたコーヒーが思えたことがこれまでなかったので、新しい体験だった。

ちなみに、お店は末広町付近のKielo Coffee。ニカラグア以外の豆も個性があって、まるでクラフトビールのようにコーヒーを楽しめるお店だ。もう少し早く出会いたいお店だった。フラスコやマグがかわいい。

音楽: iri『言えない』

前々から行きたいと思っていたiriのライブに今年ついに行けた。メジャーデビュー5周年おめでとうございます。