Random thoughts in Japanese. All optinions are my own.
2026/02/12 (Thu.)
- 流石に連日画面を睨みながら昼夜問わず原稿作業を繰り返していたので、目は乾燥するし背中はバキバキになってきてしまった。11月の竹田城でデジタルデトックスをしてから3ヶ月 (2025/11/10)、ひたすら仕事をしていたのでじわじわと疲労が蓄積している。来月のアゼルバイジャン行きの飛行機を勢いで取ってしまったし、アゼルバイジャン旅行中は(特に日中は)できるだけ仕事をしないようにしてリラックスしたい。
2026/02/11 (Wed.)
- 祝日ではあるのだが、公開前の共著原稿の確認などさっさと済ませてしまいたい仕事が山積しているので、普通に仕事をしていた。仕事とはいえ、きちんと共同研究の内容を理解したいし原稿確認の過程で証明から勉強できることが多いので、これ自体はネガティブな話ではない。それにしても、締切後にもかかわらず原稿確認に加えて新しい研究が3つくらい頭の中を駆け巡っており、頭が休む暇は全く訪れず、嬉しい悲鳴である。いつもに増して研究の興味はランダムウォーク、先週も学会で会った学生に「包先生の研究はすごく幅が広いですけど」と枕詞を置かれて、悪気がないのはわかっているけれど言葉に詰まる場面があった。戦略的になった方が良いという考え方もあるけれど、自己正当化するのであれば僕は僕自身の好奇心を大事にしたいという気持ちがやや勝っているから(その方が「サイエンティフィック」だと思うし)、これからもおそらくランダムウォークを続けるだろう。締切直後の今週に興味が湧いているのは、Transformer の Wasserstein 勾配流力学系、単調回帰と calibration の関係、それから stopgrad の理論。特に最後の stopgrad の理論なんて、2026年になっても驚くほど一般論が展開されていないし、非常に興味がそそられる話題である。僕自身過去に関連研究をやっていたからある程度の理解は持っているし、むこう半年で何か理論を展開できるだろうという気はする。研究の興味は尽きず、こればかりは幸福である。
- 流石に祝日ということで、街に買い物に行かなければならない用事があったので、夕方に出かけた。買い物は一瞬で終わったので、四条烏丸からぼんやりと当てもなく上がっていく。たまたま文博に突き当たったので「これもなにかの機会か」と思い足を踏み入れてみた。オレンジ色のレンガ造りの印象的な建物が、実は文博の本体ではないということを今になって初めて知った。中庭に面した前田珈琲は三条通や御池通のちょっとした喧騒は全く感じられないほど閑静な佇まいで、ホットワインを飲みながら積読していた論文を読み込むのが捗った。結局仕事してるじゃないか、と言われたらぐうの音も出ない。その足で文博の特別展に足を運んだ。今やっていたのは「アイヌの美」、アイヌの工芸品や民芸品に見られる自然をベースにした紋様の展示だった。卒業前に行った北方民族博物館を思い出す (2022/02/14)。あれからというもの、なにか日常に変化があったわけでもないが、アイヌ、オホーツクが自分の心の中のどこかに居座っている感覚があって、少し身近に感じられるようになったような気がする。あの網走の時が止まったような冬の空と波模様、切羽詰まっているときにこそ全身で浴びたら心が洗われるだろうなと思う。思い返せばもう4年。時が経つのはあっという間だ。
- そんなことで家まで歩いて帰った。6時を回っても空は薄ら明るい。気づけば立春は過ぎている。来週は寒さが和らぐらしい。もうそろそろ新しい季節が巡ってくる。
2026/02/10 (Tue.)
- 締切は乗り切ったけれども、その間に積み上がった仕事を少しずつ片付けていると、結局アフターワークの時間も仕事をしてしまうのである。はっきりとは思い出せないけど、11月末くらいからずっとこんな調子な気はする。まあ全体的には好きでやってる仕事だし、むしろ仕事をしないのならアフターワークは何をするのかという疑問さえあるけれども。いや、それはそれで問題なのだけれど、結局僕の余暇のアクティビティはジムにせよフランス語にせよルーティーン化するものが多くて、それはそれで好きなんだけど余暇のアクティビティの日常としては単調というのもあって、感覚としては仕事をやっているのとそれほど変わらないという問題もある。その点ここ数ヶ月は出来ていないけれど読書は本によって全然違う世界が広がっているから、あれは単調性に陥ることがなくて良かったのかもしれない。
2026/02/09 (Mon.)
- 衆院選の結果を見ながら朝から厳しい気持ちになってしまった。自民が単独3分の2はあまりも多すぎる。これだけ物価高、円安、排外主義が横行しているのに、あまつさえ首相は「円安はメリット」なんて妄言をのうのうと抜かすし。だからといって他にどこに投票するのかと言われたらその選択肢がないのに頭を抱えてしまうし、このまま自民が与党を握り続けるしかないのかと思うと暗澹とした気持ちになる。
- 振り返ればアベノミクス頃から10余年、日本の経済的立場が国際的に弱くなる一方で、それがこう20年近くも続くとそろそろ日本を出るべきか、カナダとか考えた方がいいのか、と嫌でも頭を過ぎるが、諸々の人間関係の事情を差し引いたとしても日本が好きだという気持ちはやはりあって、一目散に移住を決意するには至らない。それは生活面でも仕事面においても。全てはタイミングではあるのだが、いま20代前半だったら本当に移住を考えていたかもしれない。いずれにせよ、自分はこういう職種にいるのだから、アカデミアを通じてどうにか日本を魅力のある国にしたいものだなと思う。人一人が貢献できることなんて雀の涙ほどしかないにはせよ。
2026/02/06 (Fri.)
- 山田さんと早朝に雑談した(前回: 2025/12/10)。やはり学生指導の仕方で悩む。本人にやる気があっても、悶々と同じところから先に進めないとき、果たしてどうすれば良いんだろう。学生と教員は違うタイムスケールで生きていることは認識しなければならない。彼ら彼女らが否が応でも置かれている publication race に対するプレッシャーの環境を理解し、共感し、そこから話は始まるのだと思う。「3年で1本論文が書ければ良い」なんていうのはアガリの研究者の理想論であって、それは現実的ではない。研究は本質的には楽しいものだが、しかし食い扶持を要領よく稼ぐことを度外視しては持続可能ではないのだ。
- 締切を終えた開放感と、学生に対する責任由来の焦燥感と、複雑に入り混じった感情を抱えながら、一週間の立川出張を終えて帰路につく。これからどう生きるか。
2026/02/05 (Thu.)
- 論文の投稿に間に合った!心のなかでは残り時間を目算しながらやっていたものの、本当に間に合ったら間に合ったで思わず驚いてしまった。数日前は結果の自明さに相変わらず精神的に苦しめられていたけれど、初稿が出来て校正し直していたら案外クリアな証明で非自明なことをやっているように見えてきたので、自分の中では満足した。初稿出来たてほやほやで校正も2時間くらいしかやっていないけれど、良い仕事をしたという自負は持てたので、最早結果がどうなろうと悔いはない。
- そして今年はついに COLT の査読に呼ばれていたのを思い出した。初投稿から6年、ようやく。査読依頼が来て嬉しいと思うなんていつぶりか。外様がリジェクトされては毎年コツコツと論文を投稿し、発表もないのに聴講だけでも学会参加し、コミュニティの研究者とは学会の内外でディスカッションをし、その努力(?)の末に。自分でも不思議とわからないが COLT コミュニティには憧れがずっとあり、だからこそ査読者として受け入れられたのはコミュニティの入口を跨ぐことであり嬉しい。
- 学生とのディスカッションをそのまま終えて、締切が終わって流れで研究所の学生数人とディナーに行って、その席で学生同士が話をしているときに、「最近研究の調子はどうか」と聞かれた僕の学生が「stucked」と一言漏らしたのを見て、心に重くのしかかった。僕とのディスカッションでは直接はそういう姿を見せないものの、薄々その心境は察するところがあって、でも今のところ本質的に研究を進める妙策もなく手をこまねいてしまっている。博士課程3年のうちの4ヶ月、決して短い時間ではない。率にして 10% 強。指導教員としての不甲斐なさを感じる。だからといって僕がこの研究をやれあの研究をやれと全ての段階を指図するのも合理的な指導ではないだろうし、本当にどうしたものか困っている。
- 今日論文を書ききったのをもって、来期は自分の新しい研究を始めるのは少しやめようかと思う。そのかわりに学生の研究にもう少し力を入れて、有望な方向性を示すところまで貢献するべきな気がする。たぶん春休みに授業準備もしなければならないし、ちょうど良いタイミングと思って教員としての研究者の立ち振る舞いとは何なのかを学ぶ充電期間にする。
2026/02/04 (Wed.)
- リアルに16時間くらい論文執筆と証明の修正をやっていた。一周回ってこんなにも没頭できるということは僕自身がよほど研究に対してやり甲斐を感じていることの証左なのだろうと思うし、なぜそこまで熱中できるのか自問したくなった。そして日も越え締切20時間前でようやくアブストラクトまで書ききって初稿完成、急いでサブミット。一度寝て、明日の空き時間で頑張って校正する。
- 気合いがないとやってられないし、なんでこんなに気合いが入るのか自分でも不思議だ。
- 作業に没頭している折々で体の節々が稀に少し疼いたりすると、日頃は全く気にしないけれども、これだけ根詰めて仕事している最中だと何かの発作かと一瞬不安になる。99% 問題はないだろうとはいえ、気づけばもう三十路、体に鞭打って走り続けるべきではない。あと一日、これを乗り切ったら体を労ろう。絶対に。
2026/02/03 (Tue.)
- 10年前、当時学部4年だったときに夏休みにはじめて論文を読んでブログにまとめていたときに読んでいた論文、“no bad local minima” というタイトルからしてずっと記憶の片隅には残っていたのだが、今日論文執筆の途中でサーベイしていたら Soudry のテクニカルレポートだったことに気づく。唐突にエモーショナルな気持ちになる。10年前、機械学習理論を欠片もわかっていなかった20歳のとき、まさかその著者と侃々諤々の議論をする (2025/12/04) なんて、想像が全くできなかった。人生の10年、振り返ればこんなにも長い軌跡を歩んできたのだ。
- しかしそんな悠長なこと言ってられない。ひたすら書く、書く、書く。締切48時間前の夜、原稿はまだ8ページ目。証明の細かい計算が終わったのも締切60時間前くらいのこと。自分史上最もギリギリに論文を書き上げようとしている。果たしてまだ本当に間に合うのかどうかわからない。
2026/02/01 (Sun.)
- 残り3日、急いで駆け込みで証明を仕上げていく。思うようにスピーディーにはいかないが、着実に少しずつ良くなっている。下界とタイトになることも確認できた。こういうのは LLM に聞いても禅問答みたいになるので、人間の直感が正しいガイダンスとして機能しものを言う場面だなと感じる。正しいガイダンスさえあれば、LLM はけったいな積分計算でもものともせずに解いてみせてくれる。今のところ一研究者としてはより良い時代になったという実感のほうがまだ勝っている。